小林(鮮斎)永濯(コバヤシ エイタク)
1842(天保14)年~1890(明治23)年
江戸日本橋の魚屋の子として生まれました。名は徳宣、通称は秀次郎。号は鮮斎、他に永躍、永瑞、霞堂、永洲、夢魚、梅花堂などがあります。12歳で狩野永悳に入門し、彦根藩の画師となったがその後官を退き、維新後は浮世絵や新聞の挿絵を手がけました。肉筆画の他に、多くの図書や新聞の挿絵を残しています。
鈴木華邨(スズキ カソン)
1860(安政7)-1919(大正8)年
江戸出身で、本名は惣太郎。菊池容斎(ようさい)の高弟中島亨斎に学びました。別号は忍青。1907(明治40)年の第1回文展に「平和」が入賞。花鳥山水画にすぐれ、挿絵や陶磁器などの工芸図案でも知られました。門下には梶田(かじた)半古がいます。
新井芳宗(アライ ヨシムネ)(二代・歌川芳宗)
1863(文久3)年~1941(昭和16)年
歌川国芳の弟子の初代歌川芳宗の末子として江戸に生まれました。13歳で月岡芳年に入門し、15歳で西南戦争錦絵を手掛けました。最初の号は一松斎年雪でしたが、父の死後、芳宗を継ぎ、その後、縁あって新井芳宗を名乗りました。多くの錦絵や小説挿絵、口絵を描き、また、長谷川武次郎のちりめん本に挿絵を描く傍ら、カレンダーや、夜のシリーズや美人画などの外国人向け木版画も多く描きました。